赤外線放射温度計(IRT)とは赤外線を利用した温度計の1つですが、赤外映像装置のように対象領域の表面温度が2次元的な分布として得られるものではなく、対象領域のある一定の領域(視野角に応じた面積の平均温度)をスポット的に得るための計測器です。本研究室所有のIRTの視野角は28ミリラジアンなので、対象までの距離が100mの場合、直径2.8mの円内の平均温度が得られます。小型軽量で片手で持つことができ、迅速、機動的な観測ができます。一般に観測対象の温度は短時間でも変動するので、得られた温度のうち、最高温度を観測値とします。通常は同一の対象に対して5分程度の観測をします。また常に一定の領域を観測するために、定点から観測しています。得られる温度は、ある領域の平均温度であり、サーミスタ温度計などで直接測定される温度より、一般に低い温度を示します。ただし、1m程度まで接近して噴気孔温度等を観測した場合(当研究室ではこれを接近観測と呼んでいます)、サーミスタなどによる直接観測にほぼ近い温度が得られます。温度観測ではそれぞれの計測器の長所を生かして、総合的に行うことが対象の熱的状態を総合的に把握するために有効と考えられます。九州大学地熱研究室では九重火山の噴火活動の開始に伴って、赤外映像装置、赤外線放射温度計、サーミスタ温度計等(連続観測を含む)を使用し、各種の温度観測を行っています。赤外線放射温度計によるこれまでの観測結果の概要を以下に示します。

 
 

 観測定点から各火口までのおおよその距離は以下の通りです。a1=450m、a3=200m、bw(西側)=150m、be(東側)=150m、c(中央よりの最高温度部)=550m、d=500m、e=450m。
 温度観測結果からもわかるように、a1,a3火口は2回目の噴火後、活動を停止しました。e火口も1997年に入って一度活動を停止しましたが、97年10月の赤外画像観測の時に再び噴気が出ているのが確認されました。しかし、その後再び噴気活動は停止しています。最も優勢なd火口は噴火直後、急激に温度が上昇しましたが、2回目の噴火以降、急激に低下、その後96年3月頃一時的に増加しましたが、その後、大きな変化は見られませんでした。他の火口温度はd火口と同位相で変化する場合と逆位相で変化する場合が見られます。97年に入って、b、c、d火口温度とも上昇傾向が見られ、5月頃からはほぼ横ばい状態でした。10月頃からd火口の温度が上昇傾向を示し、98年10月頃をピークに下降に転じました。
 2000年7月21日の観測では、d火口の放射温度は約70℃でした。この2年間の長期的な傾向としては、98年10月をピークとした低下傾向にあるようにも見えますし、99年7月を極小値として上昇傾向に転じたようにも見えます。しかし、その後次第に温度低下の傾向を示しています。

 
 

 九重火山の中心部には九重硫黄山と呼ばれる活動的な噴気地域が噴火前より存在し、A,B,C-regionという3つの地域に区分されています。定点より(観測対象までの距離は30-100m程度)、A-regionでは3カ所(A1,A2,A3)、B-regionでは4カ所(B1,B2,B3,B4)、C-regionでは2カ所の遠隔観測点を設けています。それ以外に、B-region(B2a)とC-region(C)でそれぞれ最も優勢な噴気孔の温度の接近観測を行うとともに、C-region近くの、九重火山では最高高度にある温泉水温度(CH)のサーミスタによる観測を行っています。
 図中Cは噴火前、九重火山で最も高い温度と最も優勢な噴出量を示していた噴気孔で、噴火後、大きく変動していますが一貫して低下傾向にあり、噴火前にくらべ、噴気噴出が明瞭に減少したことが肉眼的に確認されました。この噴気孔温度は1992年11月には402℃を示していました。ただし97年10月あたりからはほぼ横ばい傾向であると言えます。
 B2aはB-regionの噴気孔で、九重火山で最もマグマ成分の多い水を放出しています。この噴気孔の温度も噴火後低下傾向にありましたが、96年8−10月頃以降上昇傾向に転じ、160〜210℃辺りで変動した後、98年末から横ばいか僅かな低下傾向を示しています。
 温泉温度CHはB2aと逆位相の変化を示しています。CHの温度変化は湧出量、従って降水量に影響を受けており、これを含め、観測されている温度変化は深部に起因する本質的な変化と浸透する降水による変化とが重なっているものと考えられます。
 2000年7月21日の観測結果でも、CやB2aの傾向に変化はありませんでした。

 
 

 新火口の温度は2回目の噴火以降、急激に低下しましたが、旧噴気地域の噴気孔温度は特別な変化は示していません。そして96年8月頃以降、B2aとdは似たような変化傾向にあります。Cの温度は、大きく変動していますが、噴火以降一貫して低下傾向にありました。しかし97年10月あたりからは、ほぼ横ばい状態にあります。